その靴修理、メーカーに任せます?

長引くコロナ禍不況と環境意識の高まりで、「手持ちの靴を修理して長く使い続けよう」という思想が広まっているようで、ここ1~2年は靴の修理依頼が増加していると各所で耳にします。修理業の知人からは多忙だと聞きますし、靴工場からは悲鳴に近い声が上がっています。

そのような状況下で、「この修理はメーカーよりも修理業者に依頼したほうが良いのに…」と思う修理を靴工場で見かけることが多く、その思いを靴業界の裏事情も交えて伝えたいと思い、この記事を書くことにしました。

目次

餅は餅屋

靴作りのプロは修理のプロではない

はじめにお伝えしておきます。靴メーカーは靴作りのプロですが、修理に関しては素人です。特に量産靴メーカーは新品を大量生産することに特化しているため、修理に精通するスタッフはおらず、修理は苦手分野であることが多いです。

稀に自社工場内に修理部門を持つブランドも存在しますし、ビスポークの職人さんであれば修理も凄腕の方もいらっしゃいますが、量産靴メーカーの殆どはそうではありません。

修理はケースバイケースで対応をしなければならず、生産工程とは異なる作業の流れになるため、量産メーカーにとっては採算の合わない仕事です。アフターサービスとして修理を受けてはいるけれど、正直なところ出来れば修理はしたくないという工場も少なくありません。

実は、靴修理業者に委託しているかも!?

飾りパーツの交換や接着修理程度であれば、量産メーカーの工場でも修理しますが、縫製が必要な修理は下請けの修理業者に丸投げしていることもあるのが現実です。なぜなら、縫い直しには技術と機材が必要だからです。

縫い目を解いて縫い直す場合、元の縫い穴に合わせて針を落とす必要があります。縫い穴の跡が見えると汚いという理由もありますが、一番は強度の問題です。縫い穴は切り取り線のように作用するため、縫い穴が多ければ多いほど強度が落ちてしまいます。ミシンがけと一括に言うものの、靴作りとは異なる技術を要します。

また、靴が組み立てられて立体になったあとに縫い直す場合、特殊なミシンが必要になることがあります。殆どの靴工場には、平面の状態(もしくは筒状)で縫うミシンしかありません。それらのミシンで修理するためには、靴を分解しなければならず、とても手間(=コスト)がかかりますし、靴自体にも負担がかかります。分解しなくても縫う方法があるのであれば、そちらのほうが低コストで靴も傷みません。

修理業者へ依頼するメリット

メーカーに修理依頼しても、実際に靴を修理するのが修理業者なのであれば、近所の信頼できる修理業者へ依頼したいと思いませんか?そちらのほうが、修理方法について直接説明を受けることができますし、中間業者を挟まないので短納期かつ修理費用も安い可能性が高いですよね。

販売店を通じてメーカーへ修理を依頼すると、配送の往復だけで3~4日かかるのはざらです。場合によっては店舗 → 販売店の本社 → 卸問屋 → メーカーの事務 → 工場…なんていうルートもあり、片道1週間くらいかかることもあるかもしれません。修理代に送料を上乗せされることも十分あり得ます。

「メーカー修理なら元の資材・部品と同じものを用いて修理してもらえる」という期待から、メーカー修理を希望する方もいらっしゃるかと思いますが、メーカーでも元の資材・部品が入手できないことは多々あります。その場合は、メーカー修理であっても代替品で修理することになります。代替品を用いるのであれば、もはやメーカー修理を希望する意味はありません。

上記の理由から、靴修理は信頼できる修理業者に相談することをおすすめしています。当たり前ですが、修理の専門家は知識や経験が豊富です。見栄えを元通りに近づけるだけでなく、耐久性も考慮した修理方法を提案してもらうことができます。メーカー修理のほうが適している場合は、その理由も含めて教えてくださる方も多いです。

元の資材・部品が入手困難な理由

資材・部品を保管していない

靴メーカーでは、電化製品のように部品の保管期限を厳密に設けているところは少ないです。

退色や変色、加水分解などの経年劣化が起きる材料も多く、品質を保ったまま長期保管できないということも背景にあり、製品固有の特殊な飾りや、珍しい生地や革などは、生産終了して半年~1年も過ぎれば廃棄してしまいます。稀に企画サンプルとして少量残っていることや、資材メーカーから取り寄せが可能なこともありますが、運次第です。

量産品の靴はファッションアイテムであり、シーズン毎に新しいデザインがたくさん発売されます。基本的には1シーズンで売り切ることが前提で生産されており、製品の寿命も家電のように長くはありません。家電は専用の部品がなければ修理ができず、その機能を使えなくなることもありますが、靴は代替品を用いて修理することで、履いて歩く機能を取り戻すことができるため、固有の資材・部品を保管していないのだと思います。

一方で、メーカーの定番資材や標準部品はストックしていることが多いので、そのブランドの定番デザインの靴であれば、元の資材・部品で修理可能である可能性が高いです。

海外生産

海外生産の場合、資材・部品も現地調達であることが多く、新作であっても国内にストックがないことが殆どです。

国内生産の製品であれば、生産時に余った資材・部品が残っていることや、資材屋さんから取り寄せが可能なこともありますが、海外生産のものは現地で入手可能であっても、輸送コストがネックとなり、取り寄せは非現実的です。

たまたま現地工場とサンプルのやり取りが発生する等のタイミングであれば、同梱で送付してもらうことにより輸送コストの懸念はなくなりますが、あくまでタイミングが良ければ…であり、こちらも運次第ですね。

不良品は、すぐに購入店へ

もちろん、初期不良については購入店へ連絡すべきです。インターネットの普及により、公式webサイトを持つメーカーが増え、メーカーと直接連絡をとることが容易になりましたが、基本的に初期不良は購入店へ連絡したほうが良いです。在庫があればその場で交換してもらえますし、在庫がなければメーカーから取り寄せてもらうこともできます。あるいは返品の受付等、適宜対応してもらえるでしょう。

着用済みでも初期不良扱いになるケースも

着用済みの製品であっても、普通に歩いていただけ(どこかに引っ掛けたり、ぶつけたりせず)なのに、数時間の着用で破損してしまった場合も購入店へ。いくら安物であっても、数時間で破損するような製品は、不良品もしくは仕様自体に問題がありますのでメーカー責任です。まともな小売店であればメーカーで補償してもらえるよう取り計らってくれると思います。(当たり前ですが、着用中のアクシデントや、使い込んで破損してしまったものは、ユーザーの自己責任です。)

新品の長期保管による劣化に注意!

購入から時間が経過してしまうと、保管環境による劣化も品質に影響するため、新品の状態であっても初期不良として対応してもらえなくなることがあります。購入したらすぐに履いてみて、問題がないことを確認すると良いでしょう。

なお、長期保管による品質劣化は、小売店の倉庫でも起こり得ることです。食品や化粧品と異なり、靴には消費期限は表記されていませんから、購入して間もない製品なのに、製造から数年経過しているということもあり得ます。ですから、購入時点で既に劣化していないことを確かめるためにも、すぐに履いてみてください。

メーカー修理か靴修理店か迷ったら…

長々と書きましたが、どこに修理依頼するか迷ったときの判断基準を記しておきます。

メーカー修理が適しているケース
  1. 初期不良と思われる場合
  2. ブランドの定番品で、純正の資材・部品を用いた修理を希望する場合
  3. 特殊な飾りパーツを紛失した場合
  4. ヒールの巻革交換

3・4番については、前述のとおり元の資材・部品入手が不可能なことも多いため、ダメ元で聞いてみる程度の覚悟でどうぞ。上記以外の修理に関しては、靴修理店に相談することをおすすめします。

最近は、量販の靴ブランドでもSDGs取り組みの一貫として修理受付を大々的に宣伝しているブランドが増えていますが、トップリフト(ヒールの先ゴム)交換程度であれば、近所の修理店で十分です。というか、修理店のほうが静音性や耐摩耗性に優れた素材のトップリフトに交換してもらえることもあるので、逆にお得かもしれません。

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この記事を書いた人

1978年生まれ。工業高専の建築学科を卒業後、大手サッシメーカーに就職。20代は事務職を転々としながら、音楽制作やインターネットラジオの制作運営に明け暮れる。30歳のときにバンタンキャリアスクールで靴作りを学び、靴業界へ転職。現在は神戸市長田区の靴企画会社にて、事務職と企画職を兼務中。

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